石井行昌氏本人の写真

「写真資料から(51~100)」では、石井行昌(いわいゆきまさ)撮影写真を主な資料として見てきました。石井行昌氏の略歴については「写真資料から55」で触れていますが、石井氏は1876(明治9)年6月23日に京都で生まれ、1923(大正12)年5月14日に46歳で亡くなっています。元公家の家柄で、1884(明治17)年に子爵となりました。趣味の写真撮影は、1894(明治27)年の終わり頃から始め、晩年まで続きました。

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華族会館京都分館

明治維新以後、江戸時代の公家や大名などは華族という特別な身分に位置づけられました。その華族の集まる団体が華族会館で、東京に本館があり、京都に分館がありました。京都分館の事務所は、烏丸今出川の北東にあった旧徳大寺邸跡にありました。

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四条小橋

矢野家写真資料 79 四条大橋2

江戸時代、鴨川には三条通と五条通に大きな橋が架かっていました。しかし四条通は御土居で遮られたため大きな道が川まで延びず、そのために鴨川にも小さな橋しか架かっていませんでした。江戸時代後期の安政4年(1857)になりようやく大きな橋が架けられましたが、1874年(明治7)には写真のような鉄橋に架け替えられました。

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矢野豊次郎氏収集写真と『おもかげ』

矢野家写真資料は、「写真資料から27」でも取り上げたように、矢野豊次郎氏による撮影及び収集写真です。黒川翠山から写真技術を学んで祭礼などの写真を撮る一方、古写真の収集も行いました。

矢野氏の収集した古写真77点には、ガラス原板のあるものと紙焼きのものとがあります。ガラス原板には、キャビネ判だけでなく、八つ切判、四つ切判などの大判のものも見られます。また、京都の写真だけでなく、奈良県、滋賀県、兵庫県、大阪府、熊本県の写真も含まれています。

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物としての写真資料

資料ガイド「写真資料のガラス原板」では、「AGFA」の文字の入るガラス原板を紹介しました。このように、写真資料には被写体として何が写っているかというだけでなく、物としての価値もあります。

19世紀後半、写真の普及し始めたころには、小さな桐箱に入ったガラス板の写真が登場しました。これは湿板写真で、そのままではネガ像(陰画)ですが、裏面に黒色を塗布することでポジ像(陽画)として見ることができます。それを観賞用兼保存用として桐箱に入れました。箱の蓋の表や裏などに、撮影年や被写体の人名などが墨書されることもあり、それも大事な情報になります。

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黒川翠山撮影写真資料の題名について

黒川翠山撮影写真資料に含まれる個々の写真の題名(作品名)は、寄贈された後に当館での整理時に付けたものです。

翠山が写真のすべてに最初から題名を付けていたとは思えませんし、整理時にすべての写真について発表時の題名等を調べたわけではありません。そのため、翠山が撮影時に意識した狙いが伝わらなくなっているもの、別の印象を与えているものがあるかもしれません。

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黒川翠山・石井行昌撮影写真資料の複写写真

当館の黒川翠山撮影写真資料は、写真家の黒川翠山が撮影したものですが、一部に複写した写真も含まれています。1443番の「轜車(じしゃ)」 (柩車)は、『明治天皇御大喪儀写真帖』*1(1912年(大正元)刊)に載るものと同一で、そこには「陸地測量部撮影」と書かれていました。

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写真資料のガラス原板

当館にある石井行昌と黒川翠山の写真は、ガラス原板で保存されています。アナログ写真の時代には、写真の像を写し取る感光材としてフィルムやガラス板を使っていました。写真の発明された1840年代には金属の銀板を使い、1850年代にはガラス板を使う湿板写真、1870年代以降には乾板写真へと変わっていきました。石井行昌と黒川翠山の写真(1890~1940年代)は、このガラス乾板の時代のものです。

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石井邸で撮影した人物写真

石井行昌撮影写真資料のNo.383~610は、主として人物写真です。家族写真も含まれますが、誰を写したのかわからない写真が数多くあります。撮影場所は屋内のものもありますが、屋外のものが大半です。人物の背景に注目すると、板塀、土塀、扉、庭の前で写しているものが多く、他の写真と比較するとその場所が石井邸であると言えそうです。

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市電の歴史の一幕を証言する古写真資料

鉄道ファンの方なら「知っているよ」とおっしゃるかもしれませんが、皆さんはこの一枚の写真をご覧になって何か違和感がありませんか?

市電(四条大橋)」(石井行昌写真資料 No.183)

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石井行昌氏撮影の伊勢・二見の写真

石井行昌撮影写真資料(乙)は、1997年(平成9)に寄託された写真資料535点です。石井氏生存当時の紙焼き写真、購入写真帖などからなっています。この資料群には、これまで紹介している石井行昌撮影写真資料には見られない写真もあります。その一群が伊勢・二見の写真で、写真帖に8枚の紙焼き写真が収められています。

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